いまから70~80年前、淀川の河川工事のため、枚方では、別子山(岡地区)・田宮地区の土取場から蒸気機関車で土が運ばれていたよう。淀川資料館の秋期企画展示に行ってきました。

2020/12/06

最終日になんとか間に合いました。
12月6日(日曜日)、淀川資料館の秋期企画展示「河川工事と機関車~山から川へ土を運ぶ~」の見学に行ってきました。秋期企画展示は、10月7日から12月6日までの開催でした。
子どもたちからご高齢の方まで、幅広い年齢層の見学者がおられたのには少し驚きました。
入口では感染防止対策が行われており、入館時に連絡先の記入もしくは大阪コロナ追跡システムへの登録を求められました。館内のトイレの使用は制限されていました。

 

治水のための淀川の築堤工事には大量の土砂が必要で、淀川周辺を掘った土だけでは不足してきたため、周辺の山地から蒸気機関車で工事現場へ土が運ばれていたとのことですが、枚方の土取場(土砂採取場)は、枚方市別子山地先(岡地区)と枚方市田宮地先(田宮地区)、いずれも枚二校区です。

1940(昭和15)年頃から別子山地先(岡地区)からの運搬が始まり、いったん戦時中には中断となったけれども、1950(昭和25)年に1300mの線路が敷設され、1953(昭和28)年には田宮地区の山地まで延長されて蒸気機関車で運搬されていましたが、事業が終了とともに、民家の間に敷かれた線路は1955(昭和30)年2月に撤去され、原状復帰されたとのことです。

田宮地区の方のお話では、「当時、山地は発破され、その破片が飛んできて家の窓ガラスが割れたんですよ。えらい時代ですわ。今では考えられませんけど。」と話されていました。

田宮地区の山地の開かれた跡が国道一号線(バイパス)や枚方第二小学校に変わっていっているようです。

以下は、会場でいただいた資料です。

 

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